切り替えたつもりなのに、なぜかずっと引きずってしまうあなたへ
仕事で嫌なことがあった日、あなたはどうしていますか?「腹たつ、嫌な一日だった」と思いながら帰って、好きなものを食べて、「切り替えなきゃ」と一人で処理して終わり。でもお風呂で一人になった時、明日の準備も終わって夜眠る前にふと思い出してしまうことありませんか?
「今日は嫌なことがあった」で終わらせてませんか?
会社員時代の私は、嫌なことがあった日、帰り道にコーヒーを飲んでゆっくり気持ちを切り替えたり、駅まで遠回りして川沿いを歩いて帰ったりしていました。
嫌な気持ちを家に持って帰りたくない。そう思って「切り替えた」つもりでいたのに——お風呂の中で、夕食を作りながら、洗い物をしながら、ふと思い出していたんです。
- 真剣に説明をしているのに相手がメモも取らずに適当に聞いている
- 「なんか、めっちゃ真剣っすね笑」と言われて馬鹿にされた気持ちになる
- 会議中、発言した際に誰かがあくびや含み笑いを隠しているのを見つける
こういう場面って、地味に心にダメージを残します。
当時の私は、学生時代のいじめを思い出したり、「私が何か変なことをしたんだろうか」と不安になったり。誰かに話しても「気にしすぎじゃない?」「まぁそういう人だから」と言われて、ちっともすっきりしない。
結局、違うことで気を紛らわせるしかないと思っていました。
怒りの下にはどんな感情がありますか?
「今日は嫌な一日だった!」と友達に話してすっきりする日もある。でも話してもわかってもらえなくて、余計モヤモヤが増すこともある。
先ほどのケースで言えば、ミスをした後輩に真剣に向き合っているのに「真剣っすね笑」と茶化されたら、イライラして当然です。
でも——そのイライラの下に、どんな感情があるか、考えたことはありますか?
「誰のせいだと思ってんだ」「馬鹿にして」と怒りで自分を守ろうとしていた、その奥に。
存在を軽んじられた痛み。真剣にやっているのに届かない悲しさ。
怒りは、その傷ついた自分を守るために出てきていることが多いんです。
「傷つかない私」より「傷ついても大丈夫な私」になる
会社員時代の私は、こう思っていました。
痛みを感じなければ、こんなに苦しくならなくて済むのに。何を言われても傷つかなければ、平然とした顔で返せるのに。
でも傷ついた私は、感じないようにしても、ずっとそこにいたままでした。だから似たような場面に出会うたびに、また同じように反応してしまう。
「嫌なことがあった、イライラした」——でも本当は、傷ついていたんです。傷ついていたから、怒りで自分を守ろうとしていた。
今も、傷つかなくなったわけではありません。
でも今は「あー!嫌だった!」「傷ついた、ショックだった」と話せる場所がある。そこで話すことで、「あの時の私、本当は傷ついてたんだ」と改めて自分に優しくする時間を持てるようになりました。
カウンセリングは、そういう場所として使っていただけます。
ビジョンに向かっていく中でも、傷つくことはある。そんな時に「今日こんなことがあった、嫌だった、傷ついた」と話していける場所を持つだけで——嫌なことがあっても持ち直して進んでいける、しなやかな心が育っていきます。
傷つかない強さじゃなくて、傷ついても戻ってこられる強さ。
その違いを、一緒に作っていきませんか。
カウンセリングは、ずっと一人で抱えてきた人が、初めて荷物を置ける場所です。
ピンときた方は、まずLINEで気軽にご連絡ください。 大阪・東京は対面、その他の地域はオンライン対応しています。