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昔の曲を聴くと、過去の感情が蘇る。もう癒えていないということ?

yukanee

過去の恋愛を思い出す曲を聴くと、今でも胸が締め付けられるように苦しかった気持ちが蘇る。
でも、それって「過去の痛みがまだ癒えていない」ということだけなのでしょうか?

昔よく聴いた曲を久しぶりに聞いた。

最近、昔よく聴いていた曲を久しぶりに聴きました。

すると、曲そのものよりも、その頃の自分が感じていたことが一気に蘇ってきたんです。

「ああ、あの頃どうしてこんなに好きなのにわからないんだって苦しかったな」

「あの時、相手に別れを切り出されるたびに自分のちっぽけさと無力さに打ちのめされていたなぁ」

そんな記憶と一緒に、いろんな感情が出てきました。

今でこそ「あなたはいいよね、人とすぐに仲良くなれて」なんて言っていただくこともありますが、私にも、どっぷり思春期のドロドロした感情に飲まれていた時代があります。

夫との恋愛期間にも、何度も別れ話を切り出されて、それを受け入れられなくて苦しんだ時間がありました。

だから、その頃に聴いていた曲には、私にとっていろんな記憶や感情が紐づいています。

久しぶりに聴くと、あの頃の苦しかった気持ちだけではなく、

「今、あの気持ちをぶつけたかった夫はもういないんだな」

という寂しさまで出てくることがあります。

それでも、以前とは明らかに違うことがありました。

昔の私は、感情に飲まれていた

以前の私は、感情が出てくると、その感情の中にどっぷり入ってしまっていました。

悲しい。

悔しい。

寂しい。

気持ちが受け取れないならいなくなってしまえ。

でもやっぱりわかってほしい。

どうしようもないくらい愛してほしい。

どうしてこうなったんだろう。

いつからこの結末に続く道が始まったんだろう。

そんなことを考え始めると、どんどん過去のストーリーの中に入っていく。

そしていつの間にか、

「私はこんなに傷ついた」

「こんなに苦しかった」

「でもこんな私なんて誰にも愛されない」

「相手がいっそいなくなればいいなんてことを考える私はなんてきっと罰が当たる」

という物語の中に、自分自身を縛りつけてしまうほど、

私は苦しい感情が描くダークストーリーに自分を縛りつけそうになっていました。

ただ、感情を感じることと、その感情に飲み込まれることは、

どうやら別のことだったんだなと今は思います。

感じるけれど、飲まれない

今、昔の曲を聴いても、ちゃんと心が揺さぶられます。

「あー、これか。懐かしいな」

だけでは終わらない。

悲しくなることもあるし、寂しくなることもある。

「あの頃、こんなに苦しくなるほど誰かを思っていたんだな」

「こんなに私のことを誰かにわかってほしかったんだな」

と思うこともあります。

でも、その感情を感じながらも、

「だから私は今もこれからも不幸なんだ」

とはならない。

過去のストーリーに、今の自分や未来の自分まで連れていかない。

感じるけれど、飲まれない。

この感覚が、以前の私とは大きく違うところです。

そして私はこれを、「強くなった」というよりも、心が柔らかくなったということなのかもしれないと思っています。

感じないことが「大丈夫」ではなかった

会社員時代の私は、

仕事をちゃんとすること。

人をまとめる役割に見合う自分になること。

周囲の期待に応えること。

そういうことに一生懸命でした。

いつの間にか、感情に揺さぶられることも少なくなっていました。

昔聴いていた曲を聴いても、

「ああ、懐かしいな」

と思うくらい。

でも、それは「心が癒えていたから何も感じなかった」というより、感じないようにしていた部分もあったんだと思います。

だから今、昔の曲を聴いて心が動くことが、私は少し嬉しい。

「あの頃のこんなに必死に誰かを求めていた私を、心の一部に取り戻せたんだな」

と、今の自分から昔の自分を見ることができるからです。

誰かに心からわかってほしかった。

自分ではできないくらい大切にしてほしかった。

心から誰かを強く愛したかった。

相手にもそれ以上愛されたかった。

そんな気持ちを、今の私は「そんなことに執着していた私」と切り捨てなくなりました。

「あの頃の私は、それほどまでに誰かを大切に思っていたんだな」

と、そのまま感じられる。

過去を思い出して苦しくなることも、悪いことではない

最近、家族についてもいろんなことを思い出すようになりました。

カウンセラーになりたての頃や、夫を亡くした頃は、

家族についてそんなに思い出すこともありませんでした。

その時の私にとっては、夫婦という関係が世界の中心だったからです。

でも、自分自身の感情を感じることを続けていく中で、

「私は家族に対して、こんな期待を持っていたんだ」

「こんな寂しさがあったんだ」

と、少しずつ過去のことも見えてくるようになりました。

そして、昔のことを思い出すと、当然、苦しい感情が出てくることもあります。

でも今は、

「またこんな感情が出てきた。私、まだ癒えてないのかな」

と、自分を責めることはあまりありません。

むしろ、

「そうか。今の私だから、これを感じられるようになったのかもしれない」

と思うことがあります。

過去の感情が出てきたことと、過去に戻ってしまったことは違う。

苦しくなったことと、振り出しに戻ったことも違う。

そこがわかるようになってから、私は以前よりもずっと、自分の感情を怖がらなくなりました。

「大丈夫な私」は、何も感じない私じゃなかった

あの頃の私は、

「何があっても大丈夫な私」

になりたかったんだと思います。

悲しくならない。

寂しくならない。

誰かに振り回されない。

一人でも平気。

そんな自分になれば、きっと傷つかずに済むと思っていました。

でも、今思うと違ったんですよね。

本当に欲しかった「大丈夫な私」は、

苦しくても大丈夫。

悲しくても大丈夫。

過去を思い出しても大丈夫。

感情が揺れても、今の私は今の場所にいられる。

そんな私だったんだと思います。

感じるけれど、飲まれない。

それは、感情をなくすことではなく、

感情があっても、自分とのつながりを失わないこと。

そしてそれは、私にとって「強くなる」というより、

柔らかな心を取り戻していくことだったのかもしれません。

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