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ココロノマルシェ

【ココロノマルシェ】実際の態度とメールの印象が違う場合どちらを信じたらいいのか?

yukanee

ココロノマルシェに寄せられたご相談

何度もこちらにはお世話になっております。
いつもご回答下さる皆様ありがとうございますm(_ _)m

今回は周囲の人の実際の態度とメールの印象が違う場合、どちらを信じたらいいのか?ということを相談させてください。

私の友人は、実際に会うととても気遣いができるし相手のことを考えて発言ができる人間です。
友人の発言で一緒にいてしんどくなったり嫌になったりする事がありません。

ですが、メールやLINEなど文章のやり取りになると途端に相手に配慮がないような発言だったり、主観的で自分が言いたいことをとにかく言う感じで何を言ってるのか分からなくなったりすることがあります。

最近は特にその傾向が増してきて、話が噛み合わない、しんどいと感じることが増えてきました。

なので少し距離を置こうかなと考えていたのですが、実際に会うとそんなことはなく普通に話ができてどう判断していいのか分かりません。

他にも仕事関係でやり取りをしている方で、直接会うとすごく朗らかで楽しくお話できる方なのにLINEだと何故か上から目線な文章を送ってくる方がいます。

下心がわかりやすい文章を送ってきたこともあり、やり取りをしているととても不快に感じる事があります。

他にも実際に会った時の態度とメールをした時の印象が悪い意味で違う方が何人もいました。
(実際に会った時は良くない印象なのに文章だときちんとしてるという方には会った事がありません)

私は今まで実際にその人に会った時の感覚を信じれば大丈夫、実際に会った時に嫌な感じがしなければ大丈夫だと思っていたのですが、最近もしかして違うのかも??と思うようになってきました。

実際に会った時の感覚と、メールでの言葉遣いや受ける印象。どちらを信じればいいのでしょうか?

takeさん

どうして相手の印象が違うと感じるのか

ゆか姐
ゆか姐

姐さんカウンセラーの根本 ゆかです。女帝マインドから見た回答をお話ししております。

自分と会うときは気遣いができる友人、でもメールや文章のやり取りについては少し引っかかることがある。

そういった微妙な不一致ってあると思います。

会ってみるといい人なのに・・・という今回のケースのようなこともあれば、逆に文章だと優しいのに・・と感じるケースもありますよね。

こういった印象の違いをみると「実際のこの人はどういう人なんだろう?信じていいのかわからない。」と思うことも少なくないのかもしれません。

もっと深い話がしたいけれど、この人はどっちが本当のこの人らしさなのか?と考えていると、今ひとつ相手の中に踏み込んでいけないということもあると思います。

だからこそtakeさんは「どっちがこの人の本当の姿なの?」と気になってしまうのかもしれませんね。

でもそれはそれだけtakeさんが、「相手と何もかもを共有できるようになりたい」という思いがどこかにあるのかもしれません。

また、takeさん自身が「文字だと心理的距離感が遠く感じる分、敏感に行間にいろんな意味をとらえてしまう」と言うところもあるのかもしれません。

会えば表情や体から発されるものがあるので、補完される部分も、文字となるとなかなかうまくいかない部分もあります。

逆に、会うと相手を強く意識するから相手に気遣いを自然とできるけれど、文字で書く時には相手を遠く感じるからつい自分本位になるということもあると思います。

本当のこの人のことを知ってから決めようとしてませんか?

私自身も文字媒体の方が気持ちが伝えやすい人もいれば、会って話す方が楽しいという人もいます。

その人だからとあえて変えている意識はないけれど、心理的距離感の問題ではないか?と思うのですが人によって、このくらいの距離感が楽しい人、少し遠いくらいで長く付き合うことで付かず離れずがちょうどいい人、色々いるのも事実です。

では、どれが本当の私か?と言われると「全部本当の私」だと思うんですよね。

この辺りはどんな人にも無意識にあるものではないでしょうか?

みんなに同じように接しているつもりでも、冗談を絡めながらの会話する方が楽しい人もいれば、真剣な話をする時の方がしっくりくる人がいたり、カウンセラーによっても恋愛はこの人に話したいけど、家族の話はあの人の方がなんとなく話しやすそうに思う、なんていうのもあると思うのです。

そういう微妙な相手と自分のフィーリングの合う部分っていうのは人それぞれに違っていて、それはそれでお付き合いって続けられるものでもあったりしますよね。

そういう「人によって距離感を変えながらもたくさんの人との関わりを持つ」というのはそのまま「自立する」ということでもあると思うのです。

自立の本当の意味

師匠である根本浩幸さんの読者の方、そしてこのココロノマルシェにご相談いただく方はついつい「自立系武闘派女子」たちの存在を認識しているがために、

  • 自立って1人で頑張ることでしょ?
  • 自立しすぎちゃダメっていうんでしょ
  • 自立より頼れっていうんでしょ

と、予防策を先に浮かぶ方が多いと思うのです。(私もカウンセラーをやる前はそう思っていたし、ブログにたくさん出ていればそう思ってしまうのも無理はないと思っています。)

ただ、本来の「自立」というのは依存と比較されて使われがちですが、「たくさんいろんなところに依存先を持つこと」と言い換えられるんです。

つまり、誰か特定の人にどっぷり依存するというのではなく、自分以外のたくさんの人に少しずつ依存しながら自分を立たせている状態なんですね

しかし私も例に漏れずですが、自立系武闘派女子と呼ばれるほどまでになってしまった状態は、たくさんの周りの人に依存することもできなくなり、自分1人で全てを担ってしまおう、誰にも迷惑かけずに1人でやっていこう!とするが故に、

  • もっと周りを頼った方がいいよ
  • もっと肩の力抜いて周りの声に耳を貸したらあなたを助けたいって人が見えてくるよ

と言われてしまうわけです。(あぁ・・耳が痛い)

自立に大切な考え方

ではこの、いろんな人に少しずつ頼るということについて、やるためにはどんなことが大切になるんでしょうか?

私はここには「自分の気持ちを優先していく」という自分軸という考え方が大切になってくると考えています。

つまり相手の態度や行動に左右されにくい、「自分はどうしたいの?」という部分をベースに物事を決めていくというあり方が大切なんだと思っているんですね。

そこで今回のtakeさんのケースのように、「この人、どっちが本当のこの人だろう?」と思うことがあった時、

takeさんはどうしたい?

という部分を考えていくということになります。

そうはいっても最初のうちは「でも会うと楽しいし、気遣いのできる人だし・・・決められないよ」と思うこともあるかもしれません。

それもまた自分の気持ちを優先して考えていけばいいと思います。

「今日は楽しかったし、次会う約束はしてもいいかな」

「予定の連絡をするときはなんだかやっぱりイライラするなぁ。。会うと変わるかもしれないけど、しんどいなら少し距離を空けてみようかな」

そんな風にまずtakeさんが自分の指針を作っていくことをやってみてもいいかもしれません。

最初からうまくいくわけではなく、自分の指針は都度更新するつもりで作り上げていく

私たちは何もしていないようで、実は日々いろんなことに成長しているものです。

経験として毎日何かを積み上げているので(例え何もしない1日だったと感じたとしても、「何もしない日」という経験をしているわけです)、

いきなり最初から「自分軸はこれだ!私はこういう人なんだ!!」と決まっていくわけではないし、なんとなく形ができてきたかな?と思ってもいろんなライフステージや価値観の変更によってその自分軸は変化していきます。

なので、大切なのは「自分軸を貫くこと」というより、「常に自分の気持ちを確かめて動く」というあり方の方なんですね。

takeさんも最初のうちは感覚を掴むのに少し難しく感じるかもしれませんが、一つずつ自分はどうしたいのか?を確認しながら進めていく毎日を積み重ねる上で、気がつけば出来上がっているものなんだと思って続けてみてください。

よろしければ参考になさってみてくださいね。

ゆか姐
ゆか姐

自立はたくさんの人に依存先を作ることとお伝えしました。なので、依存症と呼ばれるものは自立の人が陥りやすいものだとも言われています。それはたくさんの依存先ではなく、特定のものにしか依存を出せない状態だからです。

相手のここが嫌!となったから相手の全てを否定するのではなく、ここは好きじゃないけど、ここは素敵!と思えると、人間関係の幅が広がりそして、自分の心にもしなやかさが生まれます。

それだけで人間関係の様々な問題についても捉え方が変化していきます。

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