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アート

【芦屋市立美術博物館 「月岡芳年」】芳年の切り取る一瞬が好き。今回発見した浮世絵の面白さ。

yukanee

今回は私のおすすめ展示会として兵庫県芦屋市の「芦屋市立美術博物館」で2023年7月22日から10月9日まで開催されている「最後の浮世絵師 月岡芳年」をご紹介。

ゆか姐
ゆか姐

アートもいいなぁと思っても、どこで何をやってるの?作者の名前を聞いたことあるけど、どんな絵かわからないとなんとなく行きにくい。そんな時に記事を参考にしてみてくださいね。

こちらの芦屋市立美術博物館は「月岡芳年展」ということで、行くことにした場所。阪神「芦屋」の駅から徒歩20分程度でしょうか?遠いというより信号待ちです。笑

私は浮世絵が好き、というより「月岡芳年の作品が好き!!」。

絶対この人ロマンテイストだと思う!!というくらい、劇的な一瞬を捉えているその表情や、その哀愁だとか、芯の強さとか、そういったものを削ぎ落とした表現の中にグッとスタイリッシュに表現していて、おそらく「浮世絵とか興味ない」というタイプの方も、「あれ?なんか見やすいぞ」と感じるのでは?って思います。

切り取り方や、お化けの類がものすごく漫画っぽいんです。今の漫画の本の中にこんなキャラ出てきてそうっていうようなデザインだったり、漫画で見開きページにどーん!って書かれそうな歌舞伎の見栄と目を引く一瞬を切り取りつつ、その題材に描かれている人の表情が、凛としていたり、または横顔や背中からの顔が見えない姿だったりするのに、体全てがその感情を物語っている。だから漫画みたいに「あ、この人こう思っているんだろうな」っていうのが、その題材となっている物語の背景を加味しながら、見た人が「パッと」わかる。

それでいて、おしゃれな色合わせが多くて、前回の若冲が「鮮やか」であれば、こちらは「ちょっと玄人っぽさ」みたいなちょっとおしゃれにうるさそうな(褒めてる)色合わせをしているんです。

月岡芳年は「血みどろ芳年」と言われることもありますが、私の印象は「水色の使い方がめちゃくちゃ上手い人」。

血みどろ芳年については、今回みた題材の中にも「あ!これは以前絵金でも取り上げていたテーマ」っていうものもあって、その両方がどこをどんな風に切り取るかというのが、また個性の違いを感じられて面白かったです。

絵金とは?

土佐藩の御用絵師だった「金藏」。その弟子なども含め、親しみを込めて「絵金」と呼ばれており、血の色である「赤」の使い方が印象的な絵が多い。現在も四国の夏祭りで当時のように絵馬台に載せた絵を見ることができたり、お祭り期間だけ展示されたり、絵金の美術館があったりして、親しまれている。

あべのハルカス美術館で私が見に行った時の記事はこちら

絵金でも取り上げていた「葛の葉の子別れ」のシーン。

絵金では人の気持ちを大きく揺るがすような、子供を置いて行く葛の葉も、母を呼ぶ子供も、その子を引き止める夫も、全てが激情の中で描かれているのに対して、芳年の今回見た葛の葉は、もっとしっとりとした悲しみ。子は何も気が付かないように母を見ているけれど、母は背中の着物だけが障子から見えるものの悲しそうであり、障子に映る顔の部分の影はすでに狐になっていることで、狐に戻り子を置いて行く悲しみを表現されていて、全てが凝縮されて「悲しみ」という感情にフォーカスされているような感じ。

どちらがいい悪いではなくて、絵金はダイナミックな分、見ている側はつい「あぁ。。かわいそうに・・」と声をかけてあげたくなる親密さを感じるし、芳年の方はより葛の葉の悲しみにグッと声をかけることさえ躊躇うような感情を伝えてくる。

スタイリッシュな画風のせいか、どこか一線を見る側に与えているような芳年の浮世絵。でも私はそのテーマの人物たちが「自分の感情と向き合う瞬間を捉えたような一瞬の緊張感」みたいなものをとても美しく見せてくれる芳年の美的感覚が好きなんだと思います。(これは完全に好みの問題だと思うけど)

今回、初めて浮世絵の面白さを感じたのは「同じ題材を色を変えて擦り直す」という見比べるような展示があったこと。

浮世絵は版画の技法で木版であれば、擦り直す時の色を変えるのは可能なわけですが、なんとなく後世に残っているものを見ている私としては「最初からこの色で擦られていた」と思い込んでいたんだなと気付かされました。

初版として擦られたものと、色の構成を大胆に変えたもの(今回は「月百姿 朧月夜 熊坂」を展示)があったり、老婆の着物の色や肌の色とのコントラストを変えることでより老婆の姿を際立たせていた「月百姿 卒塔婆の月」なども見応えがありました。

月岡芳年「新形三十六怪 茂林寺の文福茶釜」

文福茶釜の話といえば、知っている方もいらっしゃるかもしれません。

茂林寺の僧、守鶴(しゅかく)が実は人に化けた狸で、法話会を開く際に守鶴がいくら汲んでも湯がなくならない茶釜で茶を振る舞ったことから、この釜を「福を分け与える釜」という意味で「文福茶釜(または分福茶釜)」と名付けたとされていますが、この月岡芳年の描いた狸は何故か少ししょんぼりしているんです。でもその様が今でいう漫画のようで、浮世絵が苦手な方でもその可愛らしいしょんぼりとした感じは見やすいと思います。

月岡芳年「奥州安達がはらひとつ家の図」・
「月百姿 狐月家」

この二つの絵のテーマは「奥州安達が原一ツ家伝説」。

京都の公卿に岩手という乳母がいて、姫を手塩にかけ育てていた。しかし、その姫が重い病にかかり、易者に聞くと「妊婦の生き肝を飲ませれば治る」と言われる。岩手は生き肝を求めて旅に出て、安達ヶ原まで足をのばす。

岩手が住まいにしていた岩屋に旅の若夫婦が宿を求めてきた。その夜更け、妻が産気付き夫は産婆を探しに外に出る。

ここで岩手は出刃包丁を振い、苦しむ妻の腹を裂き生き肝を取るがその妻こそが、岩手が昔別れた娘だった。

気づいた岩手はあまりの驚きに気が狂い鬼と化す。それ以来、宿を求めた旅人を殺し生き血を吸い、安達ヶ原の鬼婆と広く知れ渡る。

この話を「奥州安達がはらひとつ家の図」では今にも腹を切り裂かんと、出刃包丁を研ぐ老婆の後ろに、足から吊るされた妊婦の悶絶した瞬間を切り取っているのに対し、「月百姿 狐月家」では、妊婦である妻の姿を描かず、張り詰めた縄と老婆との緊張感で今から何が起こるのかを見る人に予感させる。

この切り取り方の秀逸さが、歳を重ねるごとにどんどんと鋭くなっているのがわかる作品。ぜひ見比べて見てほしいなと思います。

月岡芳年「風俗三十二相」

こちらはさまざまな階層のさまざまな女性を描いているのですが、「〇〇そう」というテーマに沿って、「寒そう」「嬉しそう」「楽しそう」などの感情を描き分けています。これが、あの浮世絵特有の女性の顔であるのに、描き分けられているのがよくわかること。そして「〇〇そう」っていうのに、その頃の表現を見て取れる気がしました。今の私たちであれば、「楽しそう」と聞けば、その女性の表情は「満面の笑み」などをイメージするけれど、もっと奥ゆかしいような表情ではありながら、シュチュエーションは確かに楽しそうでもある。一見〇〇そうという感情の表現も時代を振り返れば「こうしなくてはいけない」なんてことは、その時代の思い込みでしかなくて、どんな風に表現するかなんて一概に決めるよりも多彩な〇〇そうを感じれる自分側の感受性の高さがあれば、こんなにもたくさんの〇〇そうが理解できるんだと思えた作品。なんと洋装の女性も描かれています。

他にもスタイリッシュで、緻密な計算が伺えるような一瞬を切り取っている月岡芳年のたくさんの作品の中に「夫婦のふと気の緩んだ日常」を切り取るような作品があったり、月百姿シリーズの中にも月はなくても水面に映る月の光でそこに満月(か、それに近い月の光)があることが伺えるような描き方など、本当に多彩な切り取り方、感じ方をさせてくれる芳年の作品。

今回150点どれに対しても飽きることのない、一瞬一瞬を見ているうちに、今のソフトのようにパッと色を変えて出せる浮世絵の木版の利点、カメラのように一瞬を切り取る芳年の構図のうまさ、そして漫画を思わせるようなコミカルでもありながら物語を瞬時に納得させるデザイン性。

この人はきっと今の時代に通じるようなセンスの塊だったんじゃないか?と思いながら、150点しっかりと見てきました。

空擦(からすり)と呼ばれる、色をのせずに凹凸で紋様が描かれているなど、紙の特性を使った面白さを見れるのも浮世絵の面白いところ。

芸術の秋にゆっくり、じっくり月岡芳年の世界にハマってみるのもおすすめです!

時間:10:00~17:00(入館は16:30)

拝観料:大人       1000円
    大高生      700円

    中学生以下無料

※「最後の浮世絵師 月岡芳年」は2023年7月22日(土)〜10月9日(月・祝)

休館日:月曜日

HP:https://ashiya-museum.jp/exhibition/17727.html

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